_trip 媽祖様と歩いた夏 その3・徒歩前編(2018年5月台湾旅)

5月19日(土)

悪夢のような夜が、無事、明けた。

おはよう北港。

今日も暑くなりそうだ。
地平線からゆっくりと上る太陽を眺めながら
水分と、おそらく昨日は足りなかった塩分もまめに補給して、
今日こそ、今日こそ、熱中症には決してならないと心に誓った。



多くの人たちはもう薄暗いうちから
朝天宮の儀式を見学すべく宿を出ていた。
我らはまずは朝食をと、
友人が室友から得た近隣情報で旨いと評判らしい朝食店へ。

店は宿舎から歩いてすぐ近くにある。
参拝客のみならず、地元の人も多く来る店のようだ。
私は熱中症明け(詳細はこちらの記事を参照)だったので
今朝は軽くフルーツだけに、と思っていたけれど
店先で皆が食べていたその碗もののビジュアルが
あまりに魅力的だったため気が変わり、
ご相伴に預かることにした。





だってこれよ、このビジュアルよ。
めちゃくちゃおいしそうでしょう。

スープは、旨みしっかり、味つけはあっさり、
サーブ直前に加えられた生卵が半生トゥルトゥル、朝食にぴったり。
メインの茶色いトッピングは豆腐かと思ったらこれも卵。
方形に蒸されているのか焼かれているのかの玉子が
煮込まれてルー味(滷味)に仕上げられている。
台湾の煮卵はゆで卵ばかりじゃないのだな。
そしてスープと同化する手前、煮込みに煮込まれて
ぎりぎり麺の形を留めたゆるゆる食感の麺も私好み。

ジャオウン、連れてきてくれてありがとう。



朝食を摂り、体調も完全に戻ったのを確認できたところで
6時55分に媽祖様の輿が出発するという朝天宮へ。
けれど周辺はすでに凄まじい人でいっぱい。
(もはや何度目かの風景。)

しばし様子を見守っていたけれど
人口密度が高すぎて空気が悪いし
それにより友人の体調もあまり芳しくなさそうだし
いずれにせよこの位置では儀式は目視できなさそうなので
集団から離脱して先に進んでおくことにした。



少し歩くと媽祖様がやってくるであろう方向を向いて
早速、鑽轎底(ノンギューター)の行列ができていた。
ちょうど友人が近くのコンビニのトイレに行くというので
私はそれを待ちがてら、
媽祖様がその列を越えていく瞬間を見るべく待機することにした。



ほどなく、頭旗がやってきた。
隊列の先頭を行く頭旗が来たということは
媽祖様の輿ももうすぐ来るということ。



と思ったけど、まあまあ来ない。
知らんかったけど頭旗は輿よりもかなりと先を歩くようだ。

ちなみに白沙屯媽祖の徒歩進香の最大の特徴は
以前の記事でも触れた通り、
あらかじめ進むルートが決められておらず
分かれ道に至るたびに媽祖様が輿を揺らして
(非科学的なことに対する否定とか一旦置いといてください)
この先進むべき道を自ら選ぶということ。
頭旗が先に分かれ道に至り、どれかを選んで進んだとしても
あとから来た媽祖様が必ずしも同じルートを選ぶとは限らない。
実際、違うルートを選ぶことももちろんあるそうで
その場合は頭旗は媽祖様が選んだルートの先に移動するのだとか。
その際は決して後戻りしてはいけないそうで
具体的にどういう風にかは分からないのだけれど
なんしか前へ前へ進みながら媽祖様の乗る輿の先に行く。

頭旗は車付きの何人かのチームで旗手を交代しながら進み
ルートが変わったとなれば連絡を受け次第大急ぎで移動し、
媽祖様の輿が休んだとなればその場で休憩となる、とのこと。

さて大通りには大量のオレンジキャップをかぶった集団が現れた。
きっとこれは輿と並進して歩いている人たちだ。
ならば輿はもうすぐかなと思ったところ、
カーン、カーンという鉦の音が聞こえてきた。
これはまさに媽祖様の輿が近づいてきているということ。

鑽轎底の列に並んでいた人が
前方からどんどんと跪いていったと思ったら
その直後、媽祖様を乗せたピンクの屋根の輿が見えた。



これが鑽轎底。
鑽轎底は誰でも参加できるのだけれども
帽子は必ず脱ぐ、リュックサックはお腹に抱える、
渡されていたピンクの腕章は見えないところに隠す、がルール。

…なんだけれども、本当は進香に申し込んで
参加している人=香燈腳(すなわち我らのような人)は
そもそも鑽轎底はしてはいけない、らしい。
まあ今回は初参加だし、昨日は本格的に徒歩に参加する前だったし、
許してくれるんちゃうかな、とはベテラン参加者さん談。

予習、自分なりにいろいろ調べていたつもりだったけど
知らないことはたくさんあるな。
だからこそおもしろい。



あっという間に目の前を輿が通過していった。
近くで見るとその小ささに驚く。
この中に媽祖様がお二人も座ってはる(んよね?)とは。



直後、帰路最初の大きな交差点に到着すると
爆竹の音が鳴り響き、紙吹雪が舞い、花火が上がり、
すさまじい盛り上がりで私も興奮。
いよいよ帰路が始まったのだ。



交差点のど真ん中に差し掛かったところで
大きく揺れ始める輿。

ああ、そうか。
ここからどの道を選んで進むのか今決めているのか。
カーンカーンという鉦の音に合わせるように
ぐらんぐらんと
揺れて…
揺れて…
揺れて…
揺れて…
この道と決めるや否やものすごいスピードで前進。
香燈腳たちも塊になってそのあとを追う。
道路は特に車は通行止めにはなっていないので
当然、一気に交通麻痺。

信号待ちの車が香燈腳の波に次々と飲み込まれて
全く身動きが取れない状態に。
なんかもう、いろいろとすさまじすぎて呆然となる。

集団がやっと過ぎ去ったところで
ちょうどトイレを終えた友達と合流、
我らの徒歩もいよいよ本格的にスタートだ。

輿が通ったあとを追って歩き始めたつもりが
媽祖様GPSアプリで確認すると
輿が進んでいる道より一つ東の通りを北上しているようだった。
のちのち合流すれば良いことゆえ今はそれでも良い。
それにしてもこのアプリ、めちゃくちゃ便利だ。





道路脇には未使用の大量の爆竹やら花火やら。
ここは輿が通過しなかったから
使う機会がなかったのかもしれない。



朝天宮からそう離れていないところにある
大きな廟の前でやっと輿に追いついた。

媽祖様の輿は昼夜の休憩以外に
ちょいちょい寄り道もする。
特に廟などがあるとたまに立ち寄るんだそう。
実家帰ったついでに友達んとこにも遊びに行く感覚なのか。
寄り道するか否かも廟前で媽祖様が決めるらしい。

この廟の前でも輿がぐらんぐらんと揺れ始めたかと思うと
ぐいんと方向を90度曲げて廟の中へ猪突猛進。
群衆もそのあとを着いてなだれ込んでいった。





早速お友達に挨拶に行ったのね、と私たちは廟の外で様子を眺めていたら
あっという間に輿が廟の中から出てきた。
予想ができない輿の動きに信徒さんの塊も
「出てきたぞ!」「下がれ下がれ!」とパニック。



またまた香燈腳の渦に飲み込まれる車列。
こうなると通り過ぎるまでは待つしかない。
運転手側としては
媽祖様と遭遇できてありがたや、なのか、
単なる大迷惑なのか、分からないけれど。







輿を見失っても
媽祖様がいるところは大量の爆竹が鳴らされているから
「ああ、あのあたりにいるのね」と分かりやすい。

そして爆竹の燃えかすの上を平気で歩く人たち。



うへえ、ちょっとこわー。


30分ほど歩いて行くと香燈腳の塊はだんだんと崩れてきて
歩きやすくなってきた。
町を抜けて、道の両側に広がるのは青々とした田園。



景色は牧歌的なのだけど
大量の爆竹がハイペースで爆発しているものだから
空気はなかなか悪く、爆竹の煙で咳が止まらなくなる。
その予防のためにマスクは必携。
(実際に道でもボランティアさんがマスクが配っている。)
気温は30度近く、マスク内には熱気がこもって大変だけど
暑さを耐えるか、咳を耐えるか、究極の選択。
結果、私はマスクを選んだ。だって咳がえぐいんだもの。
それに日焼け対策の意味もある。

1時間ほど歩いたろうか、
前方の路肩に「翻桌」と書かれた看板が見えた。
これは今回私が参加するにあたり協力してくれた
友達グループの“運搬班”で、
自分たちの荷物を運びながら、道すがら参加者に水を配っている。
休憩がてら私も少し配布をお手伝い。
参加させてもらっているという感じがしてとても嬉しい。



チーム「翻桌」の面々。
親切なナイスガイの集まり。

道すがら、本当に飲み物やら食べ物やら湿布やらマスクやら、
有志の人たちが無料で配布してくれていて、本当にありがたいし、
この人たちが居なければ徒歩進香は成り立たないと思う。
トイレなども沿道のお店が快く開放してくれている。
お接待をすることで功徳となる、そういうことなんだろうけど
実際にやるのは金銭的にも体力的にも簡単なことじゃない。
これだけの人を突き動かす魅力が、
白沙屯媽祖にはあるということなんだろうな。



ひたすら続く田んぼを横目に
幹線道路をひたすらに歩く、歩く、歩く。

「ターケーカーユー、ターケーカーユー」
おじさん(その実、地元の議員さん)がマイク片手に
呪文のように唱えているのが聞こえて
あれはなにかと友人に問うと
台湾語で「大家加油(みなさん頑張って)」の意味とのこと。
とにかく地元総出で進香を支えている。



もしもの時のためにお医者さんもEMSを持って同行。
徒歩の人も、カートに荷物積んで押しながら歩いている人、
スーツケース引きながら歩いている人、
あとは自転車の人、バイクの人、車の人、スタイルは本当にさまざま。
でもみんな、媽祖様と一緒に白沙屯拱天宮を目指している。

どれくらい歩いたろうか、
媽祖様GPSをチェックしたら近くの小学校にピットインした模様。
スタート地点の朝天宮から約9km(!!)のところ。
するとさっき横を走りすぎていったごはんカーが
配膳をしているのが見えた。やった、お昼ごはんだ!







おかずがいっぱい!
ご飯を入れたカップを受け取ったら
好きなおかずを選んでのせてもらう。



ボリュームたっぷり、カオスな茶色丼完成。
お腹が空いているから格別おいしい。
これも無料のお接待。
否、参加料に含まれているのかもだけど。



媽祖様がお昼休憩に選んだのはこちらの客厝国民小学校。
もちろん、最初からここでと決まっているのではなく
媽祖様がその場で決める。
この日は土曜日で小学校はお休み、
ゆえに門は閉まっていたそうだけど
媽祖様がここを選んだとなれば開けない選択はない。
誰が待機していて誰が許可して誰が開けているのかわからないけど
とにかく有無を言わさず休憩場所となるのだ。
それが許容されていることが、本当に、すごい。



ごはんを食べ終えたあと、媽祖様の輿があるところへ。
初めて近くで全体をちゃんと見られた。
輿の前には簡易的に祭壇が組まれていてたので
きちんと参拝もできた。



結縁品もいただいた。
さあ、午後もしっかり歩こう。

つづく

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